ユーザ支援

 PC上で動作するソフトウェアやWebアプリケーションは年々多機能化しています.その一方でメニューやボタンの数が増え,複雑で操作が難しくなっています.また,テレビやハードディスクレコーダといった家電についても,リモコンにある方向キーと画面上のメニューを使って操作するものが多く,従来の家電と比べて操作が複雑で使いにくいものが数多く見られます.

本研究の目的はソフトウェアの使いやすさ(ユーザビリティ)を評価・改善することです.特に,視線移動や脳波など生体計測によって得られるデータを用いた定量的な評価手法の確立を目指しています.PC上で動作するソフトウェアの他にも,家電製品に内蔵されたGUIメニューやWeb上のサービス,スマートフォンに代表される携帯端末など広い範囲のソフトウェアを対象としています.


脳波計測によるユーザビリティ評価手法

 ユーザビリティを評価するための手法として,インタビューやアンケート,システム利用時の思考状態をリアルタイムに発話してもらう発話プロトコル法などがあります.これらの手法は実施は簡単ですが,データの分析や評価に時間がかかる上に,再現性が低く,定性的・主観的な評価になる恐れがあります. 我々はユーザの脳波や脳血流量などの生体情報からユーザビリティを分析する方法を開発しています.生体情報は人間の心理状態と密接な関係があるといわれており,システム利用時の心理状態を定量的に計測するのに適していると考えています.
下の図は実験で計測した被験者の脳波(α波,β波,αとβの比率)を示しています.この実験はMicrosoft Office Excel 2007が発売された直後に実施され,Excel 2003には慣れているが2007にはほとんど触ったことがない,という被験者に指定の機能を見つけるタスクを実施してもらいました.Excel 2003に慣れた被験者は2003で実施するタスクは簡単にできますが,2007のユーザインタフェースが大幅に異なっているため混乱し,使いにくさを感じます.実験の結果,Excel 2003と2007で脳波が統計的に異なることがわかりました.これは脳波を計測することでユーザビリティの評価を定量的にできる可能性を示唆しています.また,システムに対する「慣れ」そのものを定量的に計測する手法としても利用できると考えられます.

Excel 2003と2007を利用したときの脳波の違い

関連する主な業績

  • Hitoshi Masaki, Masao Ohira, Hidetake Uwano, and Ken-ichi Matsumoto, “A Quantitative Evaluation on the Software Use Experience with Electroencephalogram,” In Proc. 14th International Conference on Human-Computer Interaction(HCI International 2011), pp.469-477, July 2011.
  • 上野 秀剛, 石田 響子, 松田 侑子, 福嶋 祥太, 中道 上, 大平 雅雄, 松本 健一, 岡田 保紀, “脳波を利用したソフトウェアユーザビリティの評価 – 異なるバージョン間における周波数成分の比較”, ヒューマンインタフェース学会論文誌, Vol.10, No.2, pp.233-242, May 2008.

携帯端末の操作性評価と改善法提案

 スマートフォンやタブレット端末に代表される小型の携帯情報端末が急激な勢いで広まっています.特にiPhoneやAndroidといったスマホは従来の携帯電話の代わりとして持つ人が多く,(中身はパソコンとたいして変わらないにもかかわらず)パソコンとは異なる考え方で接する人が多い製品です.そのため,メーカーの想定する使い方とユーザの実際の使い方にずれが生じている部分があります.特に我々は,両手で操作する(片手で持って,もう片方の手でタッチする)ことを想定して作られているスマホを,従来の携帯電話と同じように片手で操作している人が多いことに着目しています.

スマートフォンの利用者に対するアンケート調査によると,74%のユーザは本体を保持している手の親指を使って操作する「片手操作」をしています.片手操作の場合,画面の四隅(右手で持った場合,左上や左下)がタッチしにくく,またタッチの精度も下がってしまうため,そのような操作を要求されると持ち替えをしたり,通常よりもミスが増えたりとイライラする事が増えてしまいます.

そこで我々は,スマホを片手操作するユーザを支援し,より快適に操作できる方法を開発しています.下の図は,キーボードの表示位置を変化させた時の入力のしやすさを調査するために作成した,実験用アプリケーションです.このアプリケーションを使った実験の結果,キーボードを下端に,入力内容の表示を上端に置く従来の方法(a)に比べて,キーボードを入力内容表示部の直下(b)においたほうが入力速度が11%落ちる代わりに入力ミスが43%減少する事がわかりました.また,被験者に対するアンケートの結果も,従来方法(a)とほぼ同じ結果になりました.特にスマートフォンの初心者では,入力速度はどちらでも変わらない一方,入力ミスは半分近くに減少しました.これは,現在のキーボード表示位置を見直し,より適切な表示位置を調査することの必要性を示しています.

 また,異なるアプローチとして,ユーザが両手と片手のどちらで操作しているか自動的に判別し,それぞれに適した画面の表示や入力精度の補正をする手法についても研究を行なっています.現在のところ,スマートフォンの主要な操作(タップ,フリック,スワイプ)に対して,タッチパネルを押す指の強さや画面に触れる指の面積を観測することでユーザが両手・片手のどちらで操作しているか判別できることがわかっています.押す強さと指の面積は,通常のスマートフォンに何も手を加えることなく計測ができるため,我々の知見を元にしたソフトウェアを開発すれば,既存のスマートフォンでも両手操作と片手操作を自動的に識別する事が可能です.

関連する主な業績

  • Takao Nakagawa and Hidetake Uwano, “Usability Evaluation for Software Keyboard on High-Performance Mobile Devices,” In Proc. 14th International Conference on Human-Computer Interaction(HCI International 2011), pp.181-185, 2011.
  • 中川 尊雄, 上野 秀剛, “携帯端末におけるソフトウェアキーボードの表示位置 に着目した使いやすさの評価”, モバイル学会シンポジウム モバイル’12 研究論文集, pp.3-8, 2012.
  • 上島 佳佑, 上野 秀剛, “スマートフォンにおける片手操作と両手操作の判別”, モバイル学会シンポジウム モバイル’12 研究論文集, pp.9-14, 2012.

情報家電のメニュー評価

 テレビやビデオ,HDDレコーダなどの家電製品の多くは,リモコンを使って操作を行います.中でも,HDDレコーダのような比較的新しい家電については,画面上のメニューをリモコンの方向キーと決定ボタンなどを用います.

従来,リモコンを用いて操作する家電製品のユーザビリティ評価を行うために,リモコンの赤外線を記録・分析する方法がとられていました.リモコンから出力される赤外線信号は各機種のボタンと1対1に対応しているため,赤外線信号を記録することで,どのような操作をしているのか把握できます.しかし,テレビ画面に表示されるGUIを用いる家電の場合,同じボタンを押した場合でもテレビの状態によって異なる操作となります.そのため,リモコンの操作履歴を記録するだけでは利用者の意図を把握することができません

我々は,リモコンが操作された瞬間の画面とリモコンが出力した赤外線情報を自動的に記録するシステムを開発することで,複雑なメニューを持つ家電製品の使いやすさを評価,分析しています.下の図は奈良高専,南山大学,産業技術大学院大学で共同開発したリモコン履歴計測ツール IrRC-Recorder の様子です.このツールは赤外線信号と画面出力を利用するため,家電本体を一切改造することなくリモコンの操作履歴を記録することができます.

関連する主な業績

  • 安藤 昌也, 中道 上, 上野 秀剛, “ユーザの意図分析を可能にするリモコン操作記録システムの開発”, ヒューマンインタフェース学会誌, Vol.12, No.4, pp.23-30, November 2010.
  • Noboru Nakamichi, Hidetake Uwano, Yumiko Chiba, Konomi Kubo, Naomi Mimura, and Mikio Aoyama, “IrRC-Logger: Empirical Analysis of Users Behavior on Remote Controller Log,” In Proc. 13th IEEE International Symposium on Consumer Electronics (ISCE2009), pp.990-993, May 2009.