ゲーミフィケーション

 人の作業意欲や作業効率を向上させる手法として,ゲーミフィケーションが注目されています.ゲーミフィケーションでは作業に対してゲームの要素やノウハウを導入することで,人がゲームに熱中することと同様に作業に対する意欲ならびに効率を向上させる効果があるとされています.
ゲームの要素として,ランキング自己ベストを提示したり,バッジの付与や作業についてのフィードバック等が挙げられます.ゲーミフィケーションは飲食店や小売店における購買運動,教育,ダイエット支援などさまざまな分野で活用されています.
上野研究室ではゲーミフィケーションを活用する場面における「作業効率に与える効果」や「作業内容による効果の違い」,「作業意欲が向上する背景」などの観点から調査・分析しています.

ゲーム要素ごとの作業効率の比較

 ゲーミフィケーションの導入による作業意欲の向上はアンケートなどで確認されてきた一方で,作業効率に与える影響は十分に検証されていませんでした.
 ゲーミフィケーションを作業に適用したときの作業効率の効果を調査し,3種類のゲーム要素ごとの効果の違いを定量的に評価する実験を実施しました.下図は実験で用いたゲーム要素の画面です.
 上図左の「他者」のゲーム要素は,全被験者の作業結果をもとに順位をつけたランキングを表示します.中央の「自分」のゲーム要素は,被験者自身の過去最良記録と直前の作業結果を比較します.右の「収集」のゲーム要素は,被験者の作業結果に応じてメダルやトロフィーを獲得します.実験では2分間のキーボードによる入力作業を被験者が行い,3種類のゲーム要素を組み合わせた全8種類の作業を作業後に表示します.実験で得られる作業速度(時間当たりの作業量)や精度(作業中の正答数)を分析することでゲーム要素が被験者の作業効率にどのような影響を与えたかを分析しました.
その結果,もともとの作業速度が低かった被験者は,ゲーム要素がある場合はない場合と比較していずれも2%以上,「自分」と「収集」では9.2%の作業速度の向上が見られました.しかし,作業速度への効果が高い「自分」と「収集」のゲーム要素を組み合わせた場合は4.2%の向上に留まり,ゲーム要素が複数含まれると効果が低下してしまう事例が見られました.また,作業速度が高かった被験者は「収集」のゲーム要素で作業速度が4.4%低下しており,作業をする人の能力によっては負の影響を与える可能性が示されました.
このような結果から,作業を行う人の能力や傾向を考慮してゲーム要素を用いることで最適な支援ができるようになると考えられます.

関連する主な業績

  • 上野秀剛, 一ノ瀬智浩, “娯楽性の付与によるチケット更新頻度の向上,” ソフトウェアエンジニアリングシンポジウム2013, 2013. 
  • 一ノ瀬智浩, 上野秀剛, “異なる娯楽性を付与したタスクの作業効率比較,” 情報処理学会研究報告. エンタテインメントコンピューティング, Vol.2013-EC-28, No.3, pp.1-6, 2013.
  • Tomohiro Ichinose and Hidetake Uwano, “Comparison of Task Performance with Different Entertainment Elements,” In 2nd Global Conference on Consumer Electronics (GCCE 2013) , pp.324-328, 2013.
  • 一ノ瀬智浩, 上野秀剛, “ゲーミフィケーションにおける娯楽要素の組み合わせと作業効率,” 情報処理学会研究報告. エンタテインメントコンピューティング, Vol.2014-EC-34, No.7, pp.1-6, 2014.
  • 一ノ瀬智浩, 上野秀剛, “ゲーミフィケーションを構成する要素の違いと作業効率の評価,” ヒューマンインタフェース学会論文誌, Vol.18, No.2, pp.65-76, 2016.

ゲーミフィケーションの学習への導入

 教育分野においてもゲーミフィケーションは注目されており,通信教育などではゲーム要素を付与した学習教材コンテンツも多く開発されています.
ゲーミフィケーションを講義に適用することによる学習効果への影響を明らかにするため,奈良高専での授業にゲーム要素を付与する実験を実施しました.実験では,e-Learning上で実施される小テストの点数をランキング形式で表示することで,学生の小テストに対するモチベーションや点数にどのような影響をゲーム要素が与えるかを分析しました.その結果,過半数の学生が「小テストに対するモチベーションが向上した」と回答しており,その理由として「上位にランクインしたいから」「競争意識が出てモチベーションがあがるから」という意見が得られました.また,ランキング表示をしなかったグループと比較して,ランキング表示をしたグループの点数がわずかに高い結果となりましたが,有意な差はみられませんでした.
小テストにランキング要素を付与したときの,学生の競争心とテストへのモチベーション(どちらもアンケートで回答)について分析したところ,競争心の高い学生はモチベーションが有意に高いことがわかりました.一方で,競争心の低い学生はランキング要素を付与することによってモチベーションが低下してしまうことも明らかになりました.
 これらの研究の結果から,教育分野にゲーミフィケーションを適用する際には,対象となる学生の心理的な要素(競争心があるか,実績を残すことが好きか,など)を加味し,適切なゲーム要素を選択する必要があることがいえます.

関連する主な業績

  • Yuki Tanaka, Hidetake Uwano, Tomohiro Ichinose, and Shinya Takehara, “Effects of Gamified Quiz to Student’s Motivation and Score,” In VS-Games2016, 2016.
  • 田中勇気, 上野秀剛, 一ノ瀬智浩, 竹原信也, “ランキングを用いた小テストによる学生のモチベーションと成績への影響,” 電子情報通信学会 教育工学研究会, Vol.115, No.492, pp.153-158, 2016

作業意欲が向上する原因の調査・分析

 ゲーミフィケーションは一般的に効果が認められ,様々な分野で活用されていますが,その作用原理が明らかになっていません.また,様々なゲーム要素や作業内容を組み合わせたゲーミフィケーションの効果に関する研究が盛んに取り組まれている一方で,それら以外に着目した研究は多くありません.そこで上野研究室では心理学行動経済学など人間心理に関する分野から,ゲーミフィケーションの仕組みを理論づけようと取り組んでいます.

ゲーミフィケーションの導入によって作業意欲が向上する背景には,作業に対する「動機づけ」をゲーム要素が与えているためであると考えられます.そこで動機づけを分類した心理学の理論である「自己決定理論」をもとにゲーム要素がもたらす動機づけの種類と,それらが作業意欲に与える効果の度合いについて実験を行いました.
実験では自己ベストを提示する「自分との競争」,他の人の成績と比較する「他者との競争」,ゲーム要素を導入しない「娯楽要素なし」の3種類のゲーム要素を簡単な作業に適用し,アンケートで意欲と動機づけについて調査しました.
下のレーダーチャートはアンケート回答の動機づけの種類をゲーム要素ごとに比較したもので,ゲーム要素によって評価の高い動機づけの種類が異なっていることが分かります.また,ゲームの要素がある場合には「楽しさ」や「順位競争」による有意な意欲の向上が見られました


ゲーミフィケーションは支援対象となる作業を明示的な目標や期限をもつタスクにし,タスクの成果によってゲーム要素を組み込んでいます.例えば上記の「ゲーミフィケーションの構成要素による作業効率の比較」の研究の場合,2分という決められた時間内にどれだけの数の入力作業を行えたかによって自身のスコアが決定され,ランキングが作成されます.
ここで,タスクに要する時間の長さが作業効率に影響すると考え,その影響を行動経済学の双曲割引理論を用いて説明できるかを検証するため,「タスクの時間の長さを長くすると,作業効率は曲線状に低下するか?」という研究課題を立てて実験を行いました.
四則演算を行うタスクの時間の長さを15秒から150秒までの8種類用意し,それぞれのタスクにおける1秒あたりの入力速度を測定したところ,8割以上の被験者が下図の被験者Aのような曲線的な傾向を見せることがわかりました.また残りの1割強の被験者は被験者Bのような直線的な低下傾向を見せており,ごく一部の被験者はタスクの時間が長くなるにつれて作業効率が上昇することもわかりました.

関連する主な業績

  • 上野達也, 上野秀剛, “ゲーミフィケーションにおけるタスクの時間長が作業の意欲と効率に与える影響,” 電子情報通信学会 教育工学研究会, Vol.121, No.174, pp.29-34, 2021.
  • 毛利想一, 上野秀剛, “自己決定理論に基づいたゲーミフィケーションにおける娯楽要素の分析,” 電子情報通信学会 教育工学研究会, Vol.122, No.303, pp.23-28, 2022.

ページ作成:上野研究室 専攻科2年 上野 達也,毛利 想一